コーヒー小唄


高速道路のカップもんの自販機で鳴ってるよね。

 コーヒーくらい落ち着いて淹れることのできる、いわば「人生のゆとり」みたいなモンが欲しいなぁ~と思いつつ、いつしかセカセカとネスカフェのインスタントの瓶なんかから粉をぞんざいに、それも何杯も作るの面倒だからっちゅうんで大きなコーヒーカップに振り入れて、ティファールとかの電気ポットでこれまたセカセカと湯を沸かしてるせせこましい自分がすごく疎ましい。
 おれももういい歳である。こんな体たらくぢゃアカンのである。嗜好品くらいもっとこう、鷹揚に、っちゅうたらエエんですか、大らかに、っちゅうたらエエんですか、慌てず騒がずお大尽にアジア湾・・・・・・なんぢゃこれ?もとい、味わわんとアカンお年頃を向かえちゃってるワケだ。それにしても「わわん」って何だよ!?「わわん」って!?

 今はこんなにもコーヒーに関して零落した身の上だけれども、元々はおれはコーヒーが・・・・・・っちゅうよりむしろ、コーヒーをあれこれ工夫しながら淹れるいささか儀式めいた行為が好きだった。そぉいやぁ昔、神戸に茶道ならぬコーヒー道の本家だか宗家だかがあったそうだ。今でもチャンとあるのかな?

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 エラそうに書いたが、そんな凝った器具を用いるワケではない。平凡至極なペーパードリップを永年使ってきた。バカにしてはいけない。コーヒー豆屋のオッサン直伝の淹れ方だと、ムチャクチャ美味いのが出来る。
 教えてくれたのはTという小さな卸の老舗の営業マンである。いつもとぐろを巻いてた喫茶「U」がある時それまでの鍵コーヒーからここに乗り換えたのだが、オッサン、「U」の雰囲気が気に入ったのか月に2回ほどの配達にかこつけてはウダウダしてた。この人、ホントにコーヒーを心の底から愛してて、趣味が嵩じてぶっちゃけさほど良い待遇でもないのに転職までしてコーヒー豆屋になった変わり者であった。

 彼の説はナカナカ明快で説得力のあるものだった。曰く、最も美味いのは粗挽きのネルドリップなのだけれども、素人には手に負えない。なぜなら、ネルの管理がひじょうにめんどくさいからだと言う。ネルは一度使ったら、あとはもう絶対に干してはいけない。乾くとネルの網目がダメになるだけでなく、ネル自身の味や臭いが抽出されてしまうからなんだそうな。よく喫茶店でネルをいくつもぶら下げて干してる店があるけど、あんなんはアホや、とにべもない。ともあれだから使用後は丁寧に洗って冷水を張ったバットに沈めて密封して冷蔵庫で保管しなくてはならない。そんなややこしいことやっとれまへんどっしゃろ!?・・・・・・と。なるほど、言われてみればそこまで凝る気にはなれない。

 彼の名誉のために言っておくと、「粗挽きネルドリップ」をキャッチコピーに缶コーヒー「ジャイヴ」が売り出される遥か以前の話である。オッサンの講釈はまだ続く。

 ・・・・・・サイフォン、あれ、見た目はカッコよろしゅおまっけど、あれはムチャクチャむつかしいんどっせ。いっちゃんむつかしいんとちゃうかな?何せマメを細こう挽かんといかんのやけど、そうするとコーヒー豆は余分な雑味が出やすなる。失敗せんように淹れるには豆は粗挽きがエエんだす。それと上に吸わせて下に落とすタイミングも木ベラで混ぜるんもものすごいむつかしい。
 パーコレータ、っておまっしゃろ?ポットみたいなん。あれで淹れたんはいっちゃん不味い。味も香りも何もあれへん。鍋で煮出すんはサイテーやけど、それと何も変わらへん。水出しは美味しいけど、力強さがない。それにあんな理科の実験道具みたいなん、オニーチャン、学生さんやろ?下宿のどこに置きまんねん?何時間も掛かるし。

 結局、オッサンのオススメは最もポピュラーなペーパーフィルターなのだった。ただ、いくつかのコツがある。ドリッパーにはカリタの3つ穴を用いて、ペーパーにはメリタを使う(それが最も湯の落ちる速度が速くなるらしい)。紙を折る時には、サイドと底を折るだけでなく、底の左右をさらに押し広げるように小さく折って、ドリッパーの底面にピタッと密着するようにさせる。挽いた豆を入れる前に一度タップリの熱湯を注いで紙臭さを抜く。豆は挽き立てよりも、一晩置いた方が良く、量は規定の1割増しくらいくらいで、1杯よりも4杯分くらいを一度に作った方が作りやすい。少量の湯で蒸らす、っちゅうけど、全体が湿ってなおかつ下に湯を落とさないように注ぐべきで、シッカリ蒸らした後は、湯を注ぐことで湧き上って出来るフワフワした泡の膜を壊さないように湯を回しながら、何度かに分けてまんべんなく注ぐ。ただし、湯が全部落ちる前に注がなくてはならない。また側面に溜まった粉は静かにペーパーを引っ張っるように揺すって底に落とす。表面の泡の膜が切れて来たらもう出がらしになって豆がヘタって来た証拠なので、もったいなくても残りは捨てる・・・・・・ううう、充分めんどくさいやんか!(笑)。

 おれは市井のプロの意見に対してはたいへん素直なので、下宿に戻って早速、この方法で拵えたものと今まで通りのぞんざいな作り方のとを飲み較べてみた。たしかにオッサン流の方が美味い。かなりどっしりした濃いのが出来るがクドくはなく、丹精込めた一杯、ってな味になる。正直、こんなにも差が出るものかと驚くほどだった。いやホント、マジで。ただしめんどくさかったけど(笑)

 オッサンからは淹れ方だけでなく、保管方法やら豆の選び方やらコーヒーにまつわるいろいろなことを教わった。豆は使う分だけ挽いて残りは密封して冷凍庫に保管すること、豆はモカだのサントスだのキリマンだのとシングルで通ぶるより、まずはフツーのブレンド飲めばその豆屋の品質が分かること。大体においてブレンドには小さくて丸い粒のが入ってるが、これはインドネシアやフィリピンで取れる粗悪なもので、色と苦味しか出ないこと。だからこの割合が少ない店のは原価が掛かってて美味いこと。油が滲むほど真っ黒に焙煎してあるのはダメで、アイスコーヒー用なんてみんなこれで誤魔化してること。みんなブルマンありがたがるが、クリマンっちゅうて隣の山の同じくらいの標高のトコで採れるのは値段半分くらいで変わらん美味さやから見つけたら買ってみたら良いこと。ただ、まだほとんど日本には入って来てないこと・・・・・・。

 ヤリマンとかツルマンとかソリマンはあらへんのですか~?などと下ネタなツッコミ入れつつそのときはボーッと聞いていたが、さっきの粗挽きネルドリップ同様、後年に到ってクリスタルマウンテンが普及しだして、彼の先見性には随分感心させられたものだ。

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 先日、子供部屋にラグが欲しいと言われて出掛けてったちょとスカシたホームウェア類を扱う店をブラついてて、おれは従来のメリタでもカリタでもないドリッパーに目が行った。正円に近い円錐形をしてる。手に取って見ると底の部分には従来の爪楊枝が通る程度のちっこい穴とはぜんぜん違う大きな穴が空いてて、おれは「流下速度は速いほどいいんだ」っちゅうオッサンの言葉を想い出した。何となくこの方が理に適ってる気がする。

 大した値段でもなかったので早速フィルターと共に買い、ついでにコーヒー豆屋に立ち寄って何年ぶりでかでチャンとした豆も買った。もちろんオッサンの言葉に従いフツーのブレンドだ(笑)。家に戻って食器棚の奥からミルを引っ張り出すと、いつの間にか埃まみれになっとるやんけ。セラミック臼の高いヤツだったのにいかんいかん。丁寧に拭き取って、内部に残った古いコーヒーの粉は刷毛とかエアで丹念に吹き飛ばし、何とか使用可能な状態に戻すのだけで小一時間。ああ、こんな大変なことになるとは思わんかった・・・・・・と愚痴りつつもオッサン直伝のメソッドでさらに一手間二手間、ようやくコーヒーの出来上がり。あ~しんど。やっぱめんどくせぇわ(笑)。

 しかし、たしかにそれはインスタントとは比べ物にならんくらいに美味かった。

 遅い午後、部屋はクーラーを効かせてるが外は相変わらずの炎暑だ。悪戦苦闘の末淹れたその美味いコーヒーを一人啜りながら、おれは上に書いたようなことをとりとめも無く思い出した。そしてそのうち、嬉しいような寂しいような、楽しいような哀しいような、その味と同じくらい複雑な気持ちになったのだった。


コーヒー豆の極北”KOPI LUWAK”。
なんと麝香猫の「糞」から取られるんだそうな。


2010.08.18

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